2026年5月刊行予定のゲイビデオ予想と評価・ゲイビデオ論 | 各メーカー作品をチェック

ゲイビデオ予想

GWも過ぎ去り、おうちで引きこもって精搾せいさく作業に勤しんでいた皆さんも労働作業に身を捧げなくてはいけない時期となってしまいました!(´;ω;`)

 

さて、今月の作品ですが…基本的には妥協をしていないこともあり、紹介作品がかなり少なくなってしまいました。

 

さすがに、個人の嗜好だからといってこれで終わり…というわけにもきますまい!

 

なぜ、私の嗜好に刺さらなかったのかという問いも必要でしょう。

 

そこで後半にゲイビデオ論と称して「魅力の方程式」に加え、「快感」「男根」「体位」などについて考察したものを載せてみました。

 

ちょっと堅苦しいかもしれないけど、もし性における知識の一助になれたのなら幸いです。

 

18禁アダルトなので18歳未満は下スクロールしちゃダメだぞ!( ̄ー ̄)

 

毎月発売される各ビデオメーカーの作品をいくつかピックアップして中身のエロ度予想をします。※全ての作品を評価しておりません

 

2026年5月前後に発売される各ビデオメーカーの作品を紹介してますが、新作が刊行されていなかったり男女ものなど自分の興味をひかなかったメーカー作品は除外しております。

期待度(★1~★5段階評価)
★・・作品としてエロさはあるけど、なんとなく全体の流れが予想できる映像
★★★・・今月刊行される全作品を比較して印象となる絡み方をしたシーンが少ないかも
★★★★★・・サンプルだけでオカズになるようなシーンが多く予想外も含めて期待
すでに発売されているものもありますが、作品は見ないで予想しています。
5月度は「2026年4月20日前後~2026年5月20日前後」で紹介しております。
紹介できる商品については一部PRを利用しています。

 

刊行予定のピックアップ メーカー名 / 作品名

 

G@MES / 雄穴中出し27

全編生掘り中出しの大人気シリーズ「雄穴中出し」から、待望の第27弾が登場!!今回は、今大人気のスーパーマッチョ克巳くんをオナニー撮影でホテルに呼び出し、変態筋肉タチをドッキリ投入して生掘り&中出ししちゃう!!!さらに、ガッチリ系超イケメンノンケなのにケ人気急上昇中の大矢くんが出演2回目にして…

発売日:2026年5月08日 価格:¥8,400(税込) 収録時間:165min

公式カテゴリー:生掘り / 巨根 / 複数 / 美尻 / マッチョ / アスリート / エロ下着 / ガチムチ

モデル:一晴 克巳 大矢 彰人

恒例の雄穴中出しですが今回はパッケージでの顔出しが2人おり、一晴君もこれからいろんな作品に出演するということでしょうか。( ̄ー ̄)

サンプル動画、画像は互いを補完というよりも別の視点でエロさを強調しており、魅せ方としてイイですね♪

各モデルの正常位では腹筋のバキバキ具合なんかもうまく表現していて腹筋フェチにはたまらないでしょう!

画像を見て思うのは体位の形がキレイなのか照明の当て方もあるのか、姿勢の美しさが肉体的な美しさにもつながるような、そんな雰囲気を思わせます。

また、体位、戯れ、玩具、複数といった点でもそれぞれに一つ以上の特徴分けもされてますから、飽きにくい構成になっていそう!

サンプル動画も公開しすぎない程よいエロさがあり、期待度★4あたりでしょうか!

 

G@MES 公式ページ

 

JUSTICE / GUILTY20(3rd)

ギルティ3rdシーズン!!!
最終章!!キュートな天使の悪魔堕ち!!
生にハマった哀れな少年の顛末!!
地獄極楽生3P!!
貴重な幼い青い一瞬を喰らい!!燃やし尽くす!!生の罪!!
発売日:2026年5月15日 価格:¥7,100 収録時間:243min
モデル:AYUMU(アユム) TAKESHI(タケシ)

GUILTY18(3rd)でもメインを飾ったアユム君が今回は複数に挑戦するよう♡

今回の動画は見どころが多いのか切り取っているシーンの大半でオカズになるような素晴らしいエロさがありますね!

とくに動画の三連結においては3人の肌を寄せ合うような密着感や、連結での緩急をつけたような掘り方や音がエロさを期待させますね♡(*´ω`*)

また、タケシ君の絡みもメイン級のエロさを感じさせ、2パートともに傑作の予感を思わせます!

ちなみに、戯道場ファンの方からは前回のアユム君の作品がとてもよかったなんてコメントもありましたから、期待度★5は難くありません。

 

JUSTICE 公式ページ

 

Men’s Street / 謎の体位全部試したらケツイキしまくりだった1&2

変態仲良し友達のあきらくん(HIDETO)と一緒に謎の体位を実際に試してみたら…ぜんぶ気持ちよかったw後半もイきまくりなのでお楽しみに!この時の髪型きにいらないなっ(笑)2人合わせて5発ってやり過ぎ…
※前半パートに射精シーンはございません。

発売日:2026年4月-日 プレミアム視聴:¥1,400/1600 再生時間:24/34min

公式ジャンル: カラミ | 生SEX

モデル:あきら HIDETO

画像の体位集はXでもバズっていたもので、すでに個人で撮影されているかたもいることから珍しいわけではありませんが、こういった体位の挑戦をする動画は自分としては好きですね。

今年から再稼働したMen’s Streetの配信ですが、特別なテーマ設定があるのかは分かりませんが、メンズラッシュやゲットフィルムに比べてSEXのみに重視しているわけではなさそう。(゜-゜)

中出し3回もしていたりとコアな様相もみせつつ、これから作品数が増えるつれてストリートらしさが出てくるのかも!

HIDETO君がメインモデルとして他の作品にも出演していることから、ストリートの注目モデルといえるでしょう。

ただ、スマホの縦アングルだったり、カメラワークがどのくらい体位のエロさを表現できているかは動画では分かりにくいこともあり、期待度★3が無難でしょうか…

 

 

ゲイビデオ論

今月は個人的な嗜好による評価ではありますが、3メーカーのみの紹介となっており、さすがに少なすぎますね。(-_-;)

本来は性交学としてある程度の性交における基礎を書いてからゲイビデオ論と称して書く予定でしたが、今回は現在の傾向なども踏まえてビデオ論などを考察していきたいと思います。

まずは、作品の主体であるモデルについて私自身考察していることがあります。

それは「モデルの魅力 = 意味 × 身体 × 時間」というものであり、これは抽象的に還元した独自の方程式ですが、これだけでは伝わりにくいのでさらに要素を分解してみると

魅力 = 供犠性 × 身体信号 × 予測不能性 × 同一化 × 関係性 × フレーム

この魅力はモデル自身の属性というよりは「成立条件」として私が支持する立場のものです。

モデル固有の魅力というのは筋肉質であれば身体信号、体位は予測不能性に含まれたりするため、作品を構成する(成立させる)うえでの魅力の一部とご理解いただければと思います。

さて、あまり長く哲学っぽい考察をすると飽きてしまうでしょうから、ポイントのみ今回は書いていきますね。

 

意味の構成要素である「供犠性」について

現代のアダルト映像には、ある共通した傾向があります。

それは、「性交は快楽でなければならない」という前提です。

苦痛や戸惑い、不安定さを感じさせる場面は極力排除され、映し出されるのは快楽へと還元された身体のみ。

そこでは性行為は、あくまで“気持ちよいもの”として整理されています。

しかし、本来の性とはそれだけではありません。

わたしがここでいう「供犠性」とは、単なる暴力性ではなく、「他者へ身体を差し出す」という儀式的な契機を指しています。

そもそも性行為とは、自分という境界へ他者を侵入させる行為です。

そこには快楽だけでは説明できない、不安や緊張、ある種の危うさが含まれています。

特に“内部”を受け入れる側の身体は、単なる快感装置ではなく、外部からの力を受容し、変化していく場でもあります。

もちろん、それは不必要な暴力を肯定することではありません

むしろ重要なのは、「暴力を消し去ること」ではなく、その危うさを互いの信頼や関係性のなかでどのように内包するかにあります。

快楽だけへと純化された映像は、見やすく洗練されている一方で、性愛が本来持っていた混沌や他者性を切り落としてしまうことがあります。

だからこそ、わずかな苦痛やためらい、身体が他者へ絆されていく過程が映るだけでも、作品には独特の厚みが生まれるのです。

それは単なる性的刺激ではなく、「他者へ触れられること」の意味を映しているからかもしれません。

 

身体信号から考察する男根論と筋肉

男であれば誰しも一度は気に掛ける部位、それが男性器でしょう。

そして多くの場合、「より大きくありたい」という欲望は少なからず存在しています。

では、なぜ男性器の大きさは重要視されるのでしょうか。

それは前述した「供犠性」と深く関係しているように思えます。

男性が理想化する身体には、身長や筋肉量のような“外部から視認できる強さ”があります。

しかし男性器は、それとは異なる意味を持った象徴です。

普段は隠されているにもかかわらず、性交においてのみ露わになり、他者の内部へ侵入する。

つまり男性器とは、「外部性」そのものを象徴する器官でもあるのです。

特に大きな男性器は、単なるサイズ以上に、「相手の内部を変化させうる力」の記号として機能します。

もちろん、誰もが巨大なものを求めているわけではありません。

受け入れる側には身体的な限界や相性があり、その感覚も経験によって変化していきます。

しかし重要なのは、実際のサイズそのものだけではなく、「自分の身体を他者へ差し出す」という行為を強く意識させる視覚的記号として、大きさが機能している点でしょう。

一方で、映像作品に巨根モデルが数多く存在するにもかかわらず、それだけで絶対的な人気を得ているわけではありません。

なぜなら、大きさだけでは性交は成立しないからです。

ただ苦痛を与えるだけでは、そこに関係性や意味は生まれません。

逆に、受け入れる側が単に快楽へ還元されるだけでも、「供犠性」は失われてしまいます。

そこに必要なのは、互いの身体性が拮抗し、侵入と受容が関係として成立している感覚です。

また、ゲイ映像において興味深いのは、鍛えられたマッチョ体型ほど“受け”として人気を持つ傾向があることです。

もちろん、自身を追い込む身体感覚との関連(マゾ的傾向の可能性)もあるでしょう。

しかし、それ以上に重要なのは、「強固な肉体や自尊心を持つ存在が、それでも他者を受け入れる」という構図そのものに強い意味が生まれる点にあります。

鍛え抜かれた身体は、単なる筋肉ではなく、自己意識や誇りの外部化でもあります。

だからこそ、その身体が他者によって乱され、崩され、受け入れていく過程に、独特の緊張感と興奮が生まれるのです。

そして、その均衡を破る象徴として機能するのが男性器の大きさでもあります。

つまりゲイ文化において“大きさ”が重視されるのは、単なる誇張されたフェチではなく「身体の境界を越える力」の視覚化として理解することもできるでしょう。

もっとも、最終的に重要になるのは単純なサイズではありません。

そこを決定づけるのが、次に述べる「性交体位」という問題なのです。

 

快感があれば性交体位は必要ないのか

最近、戯道場で性交体位の重要性について触れることが増えたからか、以前よりも体位のバリエーションを意識した作品が少しずつ増えてきたように感じています。

そもそも、正常位だけで十分に快感を得られるのであれば、なぜわざわざ体位を変える必要があるのでしょうか。

単純な快楽効率だけを求めるなら、同じ姿勢を維持したほうが合理的なはずです。

しかし人間は、単に生殖や快楽だけのために性を行っているわけではありません。

人類はある段階から、「性」に知性や意味を見出し始めました。

その結果として生まれたのが、性交体位という“身体的な対話”の文化なのだと思います。

現代では、体位を変える理由として「快感のスポットを探すため」という説明が一般的でしょう。

もちろんそれも間違いではありません。

しかし本質的には、体位とは単なる刺激変更ではなく、互いの身体と意識の接続方法を変化させる行為でもあります。

角度、重心、視線、呼吸、力の掛かり方…そうした微細な変化によって、「自分」と「他者」の境界は揺らぎ始めます。

つまり体位とは、身体を通して互いを理解しようとする試みなのです。

また、正常位・後背位・騎乗位といった基本体位は、ある意味で“コード化された形式”とも言えます。

それらは多くの人間が共有できる、記号化された性交の型です。

しかし、その組み合わせや展開を変化させていくことは、コード化された身体関係を“脱コード化”していく行為でもあります。

固定された性交から逸脱し、より個別的でエロティックなコミュニケーションへ移行していく。

そこに体位の持つ創造性があります。

だからこそ視聴者も、ただ同じ姿勢で快楽へ没入する映像より、身体関係が変化し続ける映像に強く惹きつけられるのでしょう。

それは単に刺激が増えるからではありません。

身体同士が「どのように関係を結び直していくか」という過程そのものに、人間は興味を抱くからです。

また、性交体位は偶然的に発生するものではありません。

流れの中で似た姿勢になることと、「体位」として意識的に構成することは、まったく別の意味を持ちます。

なぜなら体位とは、身体感覚、経験、相手との信頼、空間認識など、多くの実践知によって成立しているからです。

特に性交という極めて近接した状況では、わずかな角度や重心移動ですら、快感や心理状態を大きく変化させます。

そして、その微細な調整を互いに行いながら、一体化を目指していくこと。

そこに性交体位の本質的な意味があるのだと思います。

性交体位とは、身体がどのように他者を受け入れ、また支配し、共存するかを模索した、人類の知性的な身体技法といえましょう。

 

終わりにこれからのゲイビデオの在り方を考察

さて、やはりマジメに説いていくとどうしてもある程度哲学的な側面が強く出てしまうため、読み飽きてしまうか心配なところもあります。

しかし、これから、より発展させていくためにもゲイビデオ論としての構築が改めて必要不可欠なのは、お読みいただいた方にはご理解いただけたかと!

他にもタイトルの言霊として、魅力方程式の理詰めなど語りたいことは山ほどありますが一旦ここで落ち着きたいと思います。(*´▽`*)

また、すぐに世間に公開されてしまうネットのこの時代…これは性が大衆に降りてきた一般化の時代として予想できる普通の現象が起きているだけだったりします。

なので、ネットで公開されてしまうことを嘆くのではなく広告装置として利用してしまうのです。

はっきり申し上げて、ゲイビデオもウン十万と存在するわけですから、いまさら革新的映像というのも厳しいでしょう。

しかし、動画を制作していかなければならないメーカー側としてのジレンマ…

その解決手段の一つとして映画の制作者やモデルを交えての動画評論という形で、モデルのネットの空想的な場面だけではなく現実へのシフトでしょう。

もちろん、客側と性的接触の場を設けるのではなく、AKBのようなアイドル的立ち位置を保ちつつ、刊行予定の作品の見どころや交流、オリジナルグッズ販売を本人の手から受け取るといったことです。

もちろん、まだ現代では性におけるアイドルとして一般的に自らを公表することに抵抗があります。

しかし、写真などの存在も含めて、じつは低級(戯道館で解説とみなされていたものが段々と時代とともに確固たる権利を手に入れています。

今回はアダルト動画にその流れが向き始めているだけのことであり、わたしとしても予想の範囲内の出来事ですね。

もちろん私が考察していることは現場との乖離もありますから、机上の空論としての面も否めません。

だけれども、性交を研究する以前に、ゲイビデオを愛している自分だからこそ、もし現場が抱えている悩みがあるのであれば助力の一つとして考察が生きれば幸いなのです。

 

戯道場リンク集

自分が監修・撮影・編集している作品を『myfans』《CandFans》に掲載してます!
あまり見かけない体位や金玉フェチが好む撮影をしてますのでぜひご覧ください!

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